2011年4月6日水曜日

原発レディ・・・原発には反対なんだな。

   ようやく春の陽射し。春の空気感になってきました。

   今年も瞬く間に新年度になってしまいましたが、3月の東日本大震災と、震災後に長引く東京電力の福島第一原発の事故によって、今年度は様々なところで予測不能な出来事が起こるかもしれません。


   原発の事故を受けて、原発推進から脱原発に政策が変わってくれると良いのですが、事故が解決されないうちから、原発推進の側からの様々な情報が出されることもあるかもしれません。今回の事故は特殊な例で、他の原発は安全だと・・・。

   私が勝手に名付けたのですが、何年も前に原発宣伝の二人組である、「原発レディ」が工房の来たことがあります。30代か40代の主婦といった感じの二人でした。電力会社の研修を受けて来たのでしょう。賃金の良い仕事だったのかもしれません。時期としては、きっと何かの事故の後だったのでしょう。私にとっては原発レディの訪問は、とても嫌な感じのするものでした。

   「この人たちに、子供はいないのかな?」というのが、私が最初に思ったことでした。私の認識では、原発は手に負えない部分を子孫に丸投げする物だったからです。原発には反対の立場であることを話して、原発レディの二人には帰っていただきました。研修で習得したと思われるマニュアル的な二人の話は、つまらないものでしたし・・・。

   被爆国という被害者の立場から核廃絶を訴えながら、自分の世代では手に負えない原発を推進してきたのは、政治的・財界的な都合によるものでしょう。最近では自前のエネルギーを持たない国と言うのに加えて、二酸化炭素対策という大義名分も加わって、原発産業に関わる分野には、ますますたくさんのお金が投入されていたかもしれません。

   でも、しょせん原発は核です。しかも身近にあります。平和利用という何やら響きの良い言葉が使われますが、実際には世界の平和を乱してしまうこともある核エネルギー産業です。ゴミの廃棄もままならない、防衛体制もほとんど無い、決して安全とは言えない民間の核施設が原発です。

  何年か前に、北朝鮮がミサイルを日本を越えて太平洋まで飛ばしたことがありましたが、もしミサイルが原発や核処理施設に落ちたら一種の核攻撃になってしまうと、その時に思いました。でも、それはミサイルである必要さえもないようです。今回の事故で、原発の安全神話の前提条件の危うさや、一度バランスを崩すと手に負えない状態になってしまうことが広く世間に露呈され、被爆国が放射性物質を大気にまき散らし、海洋に垂れ流してしまう、最悪の事態となってしまいました。

   原発事故の影響は、これから長く続いていくことになりそうで、多くの人が不安を抱えていると思います。一時は高い放射線の数値が出ていた福島市の友人一家が、私のところに自主避難して来て、子供の春休み期間中の10日あまりを一緒に過ごしましたが、これからの子供の学校生活がどうなるのか、経済活動はどうなるのか、地域社会はどうなるのかなど、予測できないことがたくさんあります。

   原発が作られはじめた数十年前と比べて、原発以外の様々なエネルギー技術の開発は進んでおりますし、原子力や化石燃料に頼らない、再生可能なエネルギー社会にしていかなくては、子孫の世代に明るい未来はありませんね。

   私は技術者では無いので、新しい技術を自ら開発したり運用したりすることは、今のところできません。でも、エネルギーの消費の少ない生活スタイルにするために、多少の努力はできそうです。穏やかな消費活動でも成り立つ社会のあり方も必要ですが、とりあえず自分では「知足」という言葉を肝に銘じておきたいと思います。

   人口が減少していく国で、エネルギー需要が際限なく高くなるということは、あり得ないことだと思います。でも、工事をやりたいための、高めの需要予測の数値が、電力業界にはあるのかもしれません。また、安全性や二酸化炭素対策でも、都合の良い予測や数値が、存在するかもしれません。

   原発事故に便乗したようなタイミングで、原発反対というのは、少々気が引けるのですが、はっきり自分の考えを表明しておくことも大切だと、今回は思っています。原発には反対です。今すぐが無理ならば、即時廃止とは言いません。近い将来の現実的な時間を目標に設定して、原発が無くても成り立つ社会に向けての政策や企業の姿勢を、期待したいですし支持したいということを、ここに書かせていただくものです。

   技術の発達がすさまじい早さで展開する時代に、生まれ生きてきて思うことの一つに、できるからと言ってやれば良いというものではないだろうという気持ちがあります。技術的にはできるけれども、やらなくても良い、やるべきではないという判断は、どこかで必要なのだと思うときが少なからずあります。

   核エネルギーを考えたり、原発の仕組みを考えた人は、たいしたものです。でも、それは形にしてくれなくてもいい存在のように思えます。

   核の処理はやっかいです。
   子供たちに負の遺産を残すような原発には、反対します。